ウディ・アレン監督の『マッチポイント』を観ましたよ。
例によってざっくりとあらすじを(鑑賞済の方はすっ飛ばしてください( ´ー`)y-~~)。
そこそこのプロテニスプレイヤーだったクリスは、プロに見切りをつけて引退。
転職活動をして富裕層向けのテニススクールのコーチになります。
そこでたまたまマンツーマン指導の生徒になった金持ち青年トムと意気投合したクリスは、
トムと遊んでるうちにトムの妹クロエ(つまり金持ち女子)にも好かれます。
クリスはクロエと結婚することになり、見事上流階級に仲間入り。
金持ちのクロエパパ(義父)の会社にも役員待遇で迎えられ、テニスコーチよりも高給取りに。
そんな順風満帆なクリスですが、自身の義兄となった金持ち青年トムに
「あ、おれの婚約者を紹介するわ」
と新キャラの”ノラ”を紹介されます。
ノラは決してお金持ちとかではないのですが、フェロモンがむんむん(なんたってスカーレット・ヨハンソン)で、主人公のクリスも一発で一目惚れしてしまいます。
結局、クリスとノラは浮気するようになり、その結果ノラは妊娠してしまいます。
今や会社役員で高給取り、休日には別荘でバカンスを楽しむTHE・上流階級のクリスは、完全に窮地に陥ります。果たしてクリスはどうするのか…。
とまあこんな感じのあらすじなんですが、改めて考えると結構「ありがち」な話ですよね。
なんていうか、平日の昼前にやってる、タレントが再現VTRを見て色々言い合うテレビ扱われてそうなネタというか。
話がズレますが、ああいう番組を学校や会社をズル休みした午前中に見ていると
「おれ、なにやってんだろ_| ̄|○ 」的な気持ちがものすごい勢いで増幅しますな( ゚∀゚)
話は戻りますが、この映画はそういう一見「ありがち」な題材なのにも関わらず、のめりこんじゃって見入っちゃいます。結局我らは”男女のもつれ”が好きなんでしょうな(まあ、この世に存在している人間は結局”男”と”女”しかいないですしね(ー_ー))。
とりあえず観ている最中は「スカヨハのフェロモンがパねえ(; ・`ω・´)」という点に気を取られまくりでして。
観終わってようやく
「主人公のクリスは金持ちになったけど自分の感情に嘘ついて結婚とかして、結局は空虚な幸せにすぎないんだろうな~」
とか
「クリス、あの後一生罪悪感にさいなまされるだろうし、一生落ち着く日常を手に入れられないだろうな…」
といったような感想を持ちました。
このラストが言いたいことは「ひどいことした人にはちゃんとそれ相応の罰があるといいんですが、”現実はそうはならない”。と思わせておいて、実は一生後悔と不安を抱えながら生きるという罰が与えられているのだ」的なことと受け取りました(個人的には)。
ただ、今、この文章を書きながら再度考えてみると「意外とそんなことないんじゃないか」とも思えてきます。というのも、案外、人って開き直ってしまうんじゃないかと。結構クリスって行動を見てると短絡的っぽいんですよね。だから、彼の気持ちが風化するのも早いんじゃないでしょうか。
何かひどいいことされた側の人は、した側の人に「自分がしたことがいかにひどいことか自覚して反省(または後悔)し続けて生きていってほしい」と願うことがあると思うんですが、実際ひどいことした側ってそうならないことの方が多いと思うんです。一時は反省や後悔をしたとしても風化してしまうというか。
これって悔しいですよね。(自分も「そういう人間じゃない」とは言い切れないですけど)
つまり、今この映画のラストを再度考えてみた結果、
「ひどいことした人にはちゃんとそれ相応の罰があるといいんですが、”現実はそうはならない”と思わせておいて、実は一生後悔と不安を抱えながら生きるという罰が与えられている、と見せかけて、その罰すらもいつか風化しちゃう」ってことなんじゃないかと思えてしまいます(何を言ってるかわからなくなってきました(ノ∀`)アチャー)。
なんか話が逸れまくりましたが、とにかくこの映画はベタだけど王道な題材で、スカーレット・ヨハンソンの魅力満載で、ラストもちょっと予想外でとっても面白いです( ー`дー´)キリッ!!!
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